急性期 病院から回復期 病院へ転院【闘病記㉕】

回復期


突然他の病院に転院が決まった。
  
しかも出発は明日のお昼。急にもほどがある。
  
全然心の準備が出来ない。

  
4月4日入院生活が始まり1ヵ月ちょい。

 

長いようで短かったこの病院ともついに
おさらばする日が来るとは。
  
といっても、退院ではなく

引き続き違うリハビリテーション病院で
リハビリ入院が始まるだけのこと。
  
私がいる病院は急性期病院と言って
私のように救急隊員によって搬送される最初の病院だ。

この急性期病院は国の医療制度により
入院できる期間が決められている。

急性期


救急車で搬送され術後、最初にお世話になる期間。
早くて2周間ぐらいで転院を勧められる。

今夜はいつも以上に眠れなさそうだ。

翌日5月8日、

最後のお昼ご飯をごちそうさましたあと
着替えを済ませ、

ついにこの1カ月間
大変お世話になった
この病院とも
オサラバだ‼︎

これまでに関わってきた、
たくさんの先生やナースさん、
お見舞いに来られた顔なじみの他の入院患者さんの
御家族様に励まされ、病棟を後にする。
 

 

病棟から出る際は、
あの入院直後に付けられた、
腕のかぶれが辛かった、あの
忌々しい、

本人認識別タグ、通称出荷タグ

ハサミでチョキんと取り外される。

これでわたしも
はれて出荷されるのだ。

  
昨晩案の上寝られなかったたため
若干ウトウト気味で、

介護タクシーと呼ばれる車椅子に乗ったまま
乗られるタクシーに乗車。
  

4月4日に入院以来
じつに約1ヶぶりに、
病院から離れる。

  
ずっと引きこもり状態だったため

実は少々不安な部分もあった。

本当にここはT病院なのか。
毎日の意識レベルの確認のために言わされていた
  
「ここはどこですか?」
  
「ココハ、トミナガビョウインデス。」
は、
実は自己暗示だったのでは

と、ふと疑問に思うこともあった。

が、リハビリ室の大きな窓からちょこっと見える
昔よく行ったホテルの看板だけが
 

 

唯一の位置情報だった。

なぜならこの病院にやってきたのは深夜、

しかも救急車の上で生死をさまよい中。

あ、ここは昔よく行ったホテルがある、
あの街だ。なんて認識出来るわけもなく。

 

 

凄い早さで病院が遠ざかっていく。ちょっと寂しい。

独身時代によく来た事を思い出す街の景色が
目の前に広がる。
  
ああ、確かに病院の場所は、入院中に得た情報と
一致する。
  
道路をひたすら走り続ける。
  
車の窓から時々見える
食い物屋の看板を眺めながら走ること30分。
ついに、
新天地の森ノ宮病院に到着。
ドキドキ

 
 


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