爆発しそうになった、ある欲望【闘病記⑥】

急性期


食事が終わったらお薬の時間だと彼女がいう。

頭痛薬を飲むのかな。

手術のせいか傷口あたりとこめかみが痛い。

死ぬほど痛いわけではないが

頭がずっと、
二日酔いみたいに
ズキズキしている。

そもそも自身が偏頭痛持ちなので

この頭痛は手術のせいなのかどうかわからない。

とにかく
頭がどんどん痛くなっていくような気がしたので

薬を飲むことにした。

しかし本人の希望と
裏腹に、

飲んだ薬は
血圧を下げる薬、

降圧剤だった。
 
 
お薬を飲む前N看護師から名前を聞かれた。


「オナマエハ?」

私はフルネームで答えた。

薬箱にカタカナで名前の記載があったので、

誤飲防止の
本人確認なのかなあと最初は単純に思った。
 
次いで今日は何月何日か聞かれた。

これは即答できた。

なぜなら今日、4月4日は
家族でUSJに
行く日
だった
からである。
 
 「4月4日です」
 
正確だったようだ。

もしこれが違ってたら
とんでも無いところだった。

そして次に来た問題が
超難関
だった。

「ここはどこですか?」
 そうである。

記憶喪失の人の名ゼリフ、

「ここはどこ?私は誰?」

である。

百歩譲って
日付けは時間の進み具合の感覚で

なんとなく当てられそうだが、

ここの場所に至っては
まったくヒントが無い。

消えかかっている
記憶の断片に

答えが
あるのだろうか。

 しかし私は、

倒れたあと自分の意思で

「◯◯病院に行こうと決めたわけでは無い。

おそらく救急車でやってきたはず。

はず、というか

救急車で搬送された記憶が
鮮明に残っていた。」

結局ここの病院の名前がわからず、

素直に「分かりません。」と答えた。

初見殺しもいいところである。

この問題に
正解したことがある人に会ってみたい。

するとN看護師が、

口をふくらませながら「ブブー」と

不正解音を出した。

その仕草が死ぬほど可愛かったので、

私的にはむしろ
大正解(爆


それに、間違えこそしたが
それで薬が飲めなくなるわけではなかった。

逆に
「次どんな問題が出るんだろう」と、
ワクワクした。
 
次の問題は「あなたの年齢は?」という
何ともかわいらしい問題だった。
 
この時、この可愛いい看護師Nさんの、

年齢とか出身地とか彼氏はいるのかとか

色々知りたい気持ちになった。
 

 

と、ここで、

いつも常に自分がかかえ持つ、

とある欲求が抑えきれずに
爆発しそうになった。

それは、

インターネット依存症の私の
大きな原因のひとつである

『自分の知らないことを
知りたいと思う』
知識欲
である。
 

というか、ただの
「検索癖」

そんなスマホは

うってつけのツールで、

何か気になることがあったら最後、

グーグル先生で自分が納得するまで

検索しまくっていた。

ひとたびウイキペディアに入り込もうもんなら、

なかなか抜け出せないことがしばしばあった。

「自分が
知らなかったことを知る」

ことが

何より快感であった。

とにかく自分がしらないことを
知識として得る。

ノージャンル。

極論、通行人の
見知らぬオッサンの
年齢とか出身地でもいい。

昔、父に21世紀こども百科事典という、

フルカラーの

一冊4500円以上する分厚い本を
買ってもらったことがある。
 
 
内容は広辞苑の子供版という感じで、

20世紀に登場したものが「あ」から順に

50音順で色々載っている百科辞典である。

当時は、「ふ」のページには
ファミコンのことが事細かく紹介されていた。
 
 
内容は自分の知らないことばかりだ。

実際、本物の広辞苑も
読むのが好きな子供時代で、

父の書斎から勝手にパチクっては
黙々と読みふけっていた。
 
 
こどもながら
「せ」の行のページは、

ドキドキしながら

ズボンを下げて
読んだのをおぼえている。

自分の知らない世界を
事細かく知ることができる‼︎

と満を持して
読んだ内容がただひとこと、
 
 
性別〔せいべつ〕
 
 
とだけ記載されていた。

流石にこの単語だけでは
妄想を広げるのにも無理があると、

子どもながらきっちり諦めたことを
今でも鮮明に覚えている。

 
 
スマホは私にとって
単なるコミュニケーションツールではなく、

あくまで知識を得るためだけのツール。
 
 
おかしい。
子どもの時から
そんな大人向けの知識本を
読みふけるほどの子供であったなら、

今頃私は天才で
大企業でバリバリ働いているはず。
 
 
どうして
こうなってしまった
/(^o^)\

 
 
今私は
アル中を
拗らせて
 
入院中の
ポンコツ
中年だ。
 

そんな私の知識欲を完全に満たしてくれる
グーグル先生は趣味そのもの。

そんなグーグル先生にいつでも
どこでも聞くことができる
スマホの存在は、

私の生活の一部そのものであった。
 
 
広辞苑は知っている方なら知っているだろう、

実際本屋やAmazonにも売っている

超極圧大事典。

最新盤で項目数は

25万を超える
くっそぶ厚い本
である。

子供版広辞苑でもある
21世紀子供百科辞典も
相当な重圧があった。

それが今やスマホである。

当時からしたら、

「スマート」
と言う意味を
完全に
履き違えている
スマートっぷり
である。

赤ちゃんでも持ててしまうコンパクトっぷり。

それがもしスマホではなく
広辞苑ならその赤子は、

将来室伏である。

人類の進歩たるや。
 
 
当時の小学生の私が

スマホを手にしていたとしたら、、、
 
 
今頃重度のスマホ依存症で、

スマホ依存の矯正リハビリ施設で
一生入院していただろう。
 
 
どのみち
闘病生活という
人生。
 

 

私の人生とはいったい、、、

 

限りなく近い
IFルート。
 
 
私に
パラドックス
(もしも)の
世界なんぞ
存在しない。

 
 
さてそんな少年時代を過ごしたもんだから、
さあ大変。

少年時代のこうした知識本が
今ではスマホである。

毎日自分の知らない世界を検索検索、、、、。

ネタがなければこんどは
飽きるまでひたすらまとめサイトを見まくる。

これが私の日常なのである。
 
 
大人気バラエティ番組 、

「マツコの知らな世界」が
好きな方は、私と同じタイプ。

 
 
一日中ずっと(もちろん仕事中以外。)

スマホをいじっているのを知っている妻は、
入院前にスマホを
私の元から引き離した。

 
 
今回怪我による入院ならいざ知らず
脳に損傷を受けてのリハビ入院である。

脳を無駄に酷使する
スマホは、
リハビリ生活の
大きな妨げに
なることは
間違いない。

 
 
 そして私は
入院した
4月4日の深夜から

スマホを見ることが
出来なくなった。

入院3日目ぐらいは
スマホをさわりたいと思わなかった。

倒れる前も、LINEやFacebookなどの
SNSツールは特に頻繁に
使っていなかったので、

新着通知来てないかなあとか
あまり気にならなかった。

電話も
1日1回なるかどうかである。
 
 
倒れる前に直近で
やり取りしていた相手とは
気になっていたが。
 
 
あろうことか近日中に
飲みに行く約束を
倒れる前日に
してしまっていたので。
 
しかも5、6年ぶりぐらいに会う
古い友人である。
 
 
久しぶりのUSJといい、
今回の約束といい、
本当にタイミングが悪い。

久しぶりに会う
友人との飲みの約束も、

久しぶりに行く
USJの年パス購入

同じ4月2日におこなった。
 
 
いったい神は
何が
目的なのか。

何が気にくわないのか。
 
 
ここまで重なると、

この4月2日に、
何も予定など
たてなければ、

倒れることは
無かったような
気さえする。

 
 
いつもと変わらない
毎日を送っているはずだった。

話は戻って、本当に普段は
スマホでほぼ
コミュニケーションはとっていない。

疑うなら私の
スクリーンタイムのスクショを
吊るしてもいい。
 
 
はい!
ここでスクリーンタイムとは
なんぞやと思って

検索して詳細を調べたあなたは、
完全に私と同じタイプです。

そうなんです‼︎
その知りたいという「知識欲」なんです。
 
 
そしてその欲が
爆発しそうにになってしまったのが

リハビリとの出会い。

今まで全く無縁だった
ジャンルの
衝撃の出会いである。

こうして入院中、

大学ノートに必死で
ブログの原稿を執筆している最中も

グーグルで、リハビリのことを
深く知りたくて検索したくて堪らない!
もっと詳しく知りたくてググりたくて堪らない!
 
しかし今はそれをするツールがない。

今はひたすらその「欲」に
耐え続けるしかない。
 
 
話は
倒れた日の
4月3日に戻る。

そういえばまだ
倒れた日の事を
詳しく話ししていなかった
ような気がするので。

もし倒れた経緯を
詳しく知りたい奇特な方は、、、

このまま読み進めて下さい。

そんなもん知識でもなんでも無いが、

あなたの知らない世界である。
 
 
今後の展開が気になって
仕方がなくなったら、

これからもどうぞ
このブログをよろしく
お願いします。

 
 



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